FC2ブログ
プロフィール

ひろゑ

Author:ひろゑ
都内在住。
2011年9月より龍笛の稽古に
通いはじめました。

社寺を訪れたり、
草木などの自然を眺めることを
好みます。

カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新コメント

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-

Comment

Comment Form

Comment Form
-

Trackback

Trackback URL

186

2014.09.08~09 湖東・湖南旅 竹生島・宝厳寺編

湖東・湖南旅2日目。
最初の行き先は奥琵琶湖にひっそりと浮かぶ竹生島。
西国三十三所札所めぐりの札所・宝厳寺(ほうごんじ)のある島として、
古来より人々の厚い信仰を集めてきた場所です。

移動手段はもちろん船。
長浜から琵琶湖汽船の定期船・べんてん号に乗り込みます。

small20140909竹生島2

予定では前日の8日に訪れるはずでしたが、
朝の天候がよろしくなかったこともあり日付をずらしました。
これが天候的にも体力的にも大正解。

small20140909竹生島3

このような石段が連続するので、
睡眠不足の状態で来ていたらと思うとぞっとします。(^^;)

small20140909竹生島4

石段を登りきると巨大な本堂が現れます。
平安時代の様式ですが、昭和17年(1942)に新築された建物です。
宝厳寺のいわれがHPに記載されていました。
神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より
「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、
寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」
というお告げを受け、行基僧正を勅使としてつかわし、
堂塔を開基させた。

雅楽も大きな影響を受けた明治時代の神仏分離令により、
ここ宝厳寺も廃寺の危機を迎えました。
しかし全国の信者の強い要望により廃寺を免れ、
本堂の建物を神社に引き渡すことで許されたそうです。
本堂のないまま仮安置されていた御本尊の大弁才天は
昭和17年にようやく再建されたこの本堂に安置されました。
秘仏の御本尊は60年に一回の御開帳で、次回の開帳は2037年。
元気で再訪出来ることを願います。

small20140909竹生島5

この傾斜厳しい階段を登りきった所に有名な国宝建造物が現れます。

small20140909竹生島6

いかにも桃山時代的な唐門。
豊臣秀吉の霊廟に使用された唐門(極楽門)を
慶長7年(1602)にこの場所に移築したものだそうです。

small20140909竹生島7

そして舟廊下。何が船なんだろうと感じましたが
豊臣秀吉の御座船に使われていた用材を用いたという伝承に
由来しているとのこと。

撮影できませんがこの先には観音堂が続きます。
御本尊の千手観音立像はやはり秘仏でお会いすることは叶いませんでした。
現在、唐門・舟廊下・観音堂は平成30年までの保存修理事業の真っ只中で
ビニールシートが被されたりしてちょっと色気のない感じ。
後世に残すためには必要なことなので、やむなしですね。
  • Date : 2014-10-06 (Mon)
  • Category : 滋賀
0

Comment

Comment Form

Comment Form
0

Trackback

Trackback URL

Return to Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。