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プロフィール

ひろゑ

Author:ひろゑ
都内在住。
2011年9月より龍笛の稽古に
通いはじめました。

社寺を訪れたり、
草木などの自然を眺めることを
好みます。

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【2011.12.18 飛鳥 その二】

亀石から東の方向にしばらく歩くと次の目的地、
橘寺(たちばなでら)に到着です。

CIMG8407_small.jpg
橘寺 太子堂(本堂)

ここは聖徳太子誕生の地であり、太子が創建したお寺です。
火災で創建当時の姿はなく、建物のほとんどが江戸時代に再建されたもの。
本尊は聖徳太子三十五歳像であり、太子の彫刻としては
現存する最古のものだそうです。
橘という名がついた由来は日本書紀に記載されていると紹介されていました。
「田道間守(たじまもり)が垂仁天皇の勅命を受けて不老長寿の薬を求め、
海を渡り十年後にある種を持ち帰った。
しかし天皇は既に亡くなっていた。
仕方なくその種をこの地にまくと、橘の芽が出た。
以来この地を橘と呼ぶようになった。」だそうです。
境内にはまたしても奇妙な石像がありました。

CIMG8400_small.jpg

二面石といって、人の心の善悪を表しています。
二面であることが特長なのに一面しか撮影していない私。
これもまた鴨媛さんに伺った話ですが、
二面石の中央下の辺りに女の顔が浮かび上がると言われたことがあったようです。
それを良く思わなかった先代住職がその部分を削ったため、
今は見えないとのこと。(たぶん)

橘寺を出ると、再びのどかな景色の中を歩きます。

CIMG8420_small.jpg
どこか懐かしい感じ。

飛鳥と聞いて真っ先に思い浮かべるのは石舞台古墳。
言わずと知れた日本を代表する古墳に、
三回目の奈良でようやく訪れることが出来ました。
少々雲行きが怪しくなりましたが、一層迫力あるものに見えます。

CIMG8431_small.jpg
CIMG8440_small.jpg

石舞台古墳もまた盛土が全く残っておらず、巨大な横穴式石室が露出した姿。
総重量は2,300トン!
被葬者は明らかでないものの、大化の改新で滅ぼされた蘇我入鹿の祖父
蘇我馬子の墓という説が有力です。
玄室に入ることが可能で恐る恐る入っていくと、
外観からは予想していなかった広さと居心地の良さに驚きます。
玄室の大きさは長さ約7.7m、幅約3.5m、高さ約4.7m。
「狐が女の姿に化けて古墳の上で踊ったことから石舞台と名付けられた」
という伝説がありますが、これは近年に創作された話とされています。
今は舞台に上がることは出来ませんが、数十年前は可能だったそうです。

CIMG8437_small.jpg

よく歩いてお腹がぺこぺこ。
石舞台古墳のすぐ脇にある夢市茶屋というお店で昼食をとりました。
一階が土産物屋、二階がレストランになっています。

CIMG8441_small.jpg
飛鳥鍋御膳 (冬季限定)

牛乳と鶏がらスープで冬野菜・鶏肉を煮込んだこの鍋は飛鳥名物。
さらっとした和製シチューのイメージです。
飛鳥で採れた古代米ごはんももっちりして美味でした。
食後は土産物屋へ。鴨媛さんは何やら美味しそうな万能たれをご購入。

CIMG8444_small.jpg
伝板蓋宮跡(でんいたぶきのみやあと)

続いて訪れた伝板蓋宮跡は皇極天皇の宮殿跡で、
大化改新のはじまりの舞台となった場所。
石敷の広場や大井戸跡が出土し、
天武天皇の飛鳥浄御原宮の可能性が強いそうです。
この時代の事をしっかり勉強して訪れたら感動は大きいのでしょうね。
残念ながら私は「広くて綺麗なところだなぁ」という感想に留まります。
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